かつて海岸だった春日部の地理

埼玉県は現在内陸県ですが、7000年ほど前、春日部のあたりは海だったことが分かっています。 ゆっくりと時間をかけて海岸線が後退していき、現在の地形になったとみられています。 そのため、春日部の豊春地区の花積貝塚、宝珠花台地の神明貝塚、金杉台地の米島貝塚など、縄文時代の貝塚が多数残っています。 それらの遺跡は、歴史的意味を持つとともに、その時代の地理について研究するのにとても適した場所でもあります。

現在の春日部は、市内のほとんどが平坦な低地という地理的特徴を持っています。 このように、市内のほとんどが低地で、たくさんの河川が流れていることから、稲作にとても適しており、春日部市は埼玉県東部地区最大の米穀の生産地になっています。

一方で、市の北東端の宝珠花と、市の東部の南桜井駅付近などは、江戸川によって下総台地から切り離された台地が形成されています。 さらに、市の北西部の内牧や花積には、大宮台地が分布しています。 このように、一つの自治体に2つの台地が存在するのは、とても珍しい地理的特徴を持っています。 台地の部分には、古代から人が居住していて、たくさんの古墳が発見されています。 低地部分にも、弥生時代の遺跡が発見されているので、古くから人々が生活できるエリアであったことがわかっています。

また、大落古利根川沿いの小渕砂丘、浜川戸、藤塚にみられる砂丘は、利根川流路沿いに多く存在する河畔砂丘の代表的な物であるという地理的特徴も持ちます。